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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)551号 判決 1962年3月30日

昭和信用金庫

事実

被控訴人(一審原告、勝訴)中野トクは請求原因として、被控訴人は昭和三十一年六月十二日より昭和三十一年七月十二日までの間三回に亘り控訴人昭和信用金庫に対し合計金三十八万八千八百四十三円を定期預金として預入れたが、昭和三十二年八月六日頃そのうち十五万七千五百八十八円の内入弁済があつたので、被控訴人の控訴金庫に対する預金債権は金二十三万一千二百五十五円となつた。よつて被控訴人は控訴金庫に対し、右預金残額及びこれに対する支払期日後の遅延損害金の支払を求める、と述べ、控訴人の抗弁に対しては(一)控訴人主張の約束手形は訴外石原勢五郎、同飯田友三郎が控訴金庫の京橋支店長であつた豊田隆彰と共謀して偽造したものである、(二)控訴人が主張する免責約款は現金取引についてのみ適用があるもので、手形取引にまで拡張して適用があるものではない。定期預金や積立預金について手形が授受されることは原則としてあり得ないものであつて、前記約款は現金取引から通常生ずる事項に限つて適用があるにすぎないものである、(三)控訴人は訴外金子又は石原に代理権があると信ずべき正当の事由はない、右訴外人等から世間話程度の事情を聞いて同人等に資金借入の代理権があると信ずることは軽卒の譏を免れず、金融機関たる控訴人に重大な過失があるものというべきである、と主張した。

控訴人昭和信用金庫は抗弁として、被控訴人主張の預金については、被控訴人の振出にかかる約束手形金債権をもつて対当額により相殺する旨意思表示した。仮りに右約束手形が真実被控訴人の振り出したものではないとしても、右手形振出の基礎となつた控訴人被控訴金庫間の取引約定書、預金担保差入証の各印影は、本件各預金につき届出られた被控訴人の印影と同一のものであり、控訴金庫の預金規約には「預金の届出に使用されている印影と照合して相違ないと認めて取扱つた以上は印章の盗用、偽造その他どのような事故があつても控訴金庫は一切その責めを負わない」旨の定めがあり、被控訴人もこの規約を了承して預金契約を結んだものであり、控訴人は前記のように印影を照合して被控訴人が真実に本件各預金を担保に差入れ、金額二十二万円の約束手形を振り出したものと信じていたものであるから、前記相殺は有効である。また、仮りに訴外金子辰雄が被控訴人の代理人(又は被控訴人の代理人である訴外石原勢五郎の使者)として控訴金庫に対し被控訴人のために金二十二万円の借入手続をする権限がなかつたとしても、控訴金庫において右訴外人等に代理権があると信ずべき正当な事由があるから、被控訴人は民法第百十条によりその責に任ずべきである、と抗争した。

理由

証拠を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、被控訴人は昭和二十八年十月頃から東京都台東区御徒町にある割烹料理店「丸文」に仲居として勤めていたところ、「丸文」の客筋の飯田友三郎が、当時控訴金庫の京橋支店長であつた豊田隆彰と、その頃不二建設株式会社(飯田友三郎は同会社の取締役であつた。)の代表取締役であつた石原勢五郎とともに「丸文」へ飲食のため幾度か訪れるようになり、右飯田ら三名の客席に被控訴人が接待に出ていた折、豊田は被控訴人に対し、手持金があるなら銀行へ預金するより控訴金庫へ預けた方が利子が高いから控訴金庫へ預金しなさいと励めたので、被控訴人は昭和三十一年六、七月煩控訴金庫と預金契約を結び、現金を払い込んだこと、右のようないきさつもあり、被控訴人は、自らは読み書きの力も充分でなく他に頼る人とてなかつたので、石原及び豊田に信頼を寄せ、右預金契約及び契約に基づく払込は、多く支店長豊田に直接その手続を煩わしていたこと。

昭和三十一年十二月に至り、被控訴人は同年六月に預け入れた定期預金が満期となつたからその支払をするよう豊田に求めたところ、一カ月据置だから明年一月支払うからとの答を受けたことがあり、同年七月に預入れた定期預金も昭和三十二年一月十二日で満期到来したので、被控訴人はその頃右二口の定期預金の支払を求めたところ、豊田支店長は「少し待つてくれ、払うときには電話するから。」とあいまいな返答をしただけで右支払をしなかつたので、被控訴人はかようなことでは定期預金を続けるわけにはいかないと考えて、同年二月頃被控訴人はどうしても預金を払戻して貰うといつて控訴金庫京橋支店において二、三時間折衝を続けたところ、豊田は同支店内の金庫から約束手形一通を取り出してきて、このとおり手形が入つているから預金は払えないといつて、被控訴人に右手形を示したが、被控訴人は右約束手形を振り出したおぼえはなかつたこと、

これより先、昭和三十一年七月十七日頃被控訴人は石原勢五郎から安い地所を世話するから現地を見に行こうと誘われたので、石原と同行して現地を見たうえ、右土地買受の内金として二十万円の小切手を石原に手渡し、その受領書を貰うため石原の事務所へ立ち寄つたところ石原から「今日豊田に会う約束になつているが、豊田は自分に被控訴人のところへ行つたら定期預金の証書を持つて来るようにいわれたから、証書を渡してくれ、金子辰雄が控訴金庫へ使いに行くところだからつけてやるから」といわれたので、被控訴人は不二建設株式会社の社員金子辰雄とともに「丸文」へ赴き、同所で金子から請求されるままに定期預金証書二通と被控訴人の印章を同人に交付したこと、石原が被控訴人に売却を斡旋した土地は、その後石原の言と異なり、全く売却の対象とならない土地であることが判明したこと、当時不二建設株式会社は、石原勢五郎が代表取締役であり、実働する職員としては、石原のほか金子辰雄と石原の娘の三名のみであり、取引金融機関としては、控訴金庫が唯一のものであり、同会社所有の東京都北区上十条所在の新築家屋一棟は、控訴金庫に対して負担する債務を担保するため根抵当に入れられていたこと、金子辰雄は、不二建設株式会社の代表取締役石原の指示により、被控訴人から定期預金証書と印章を預つたうえ、控訴金庫京橋支店に赴いて、豊田支店長と面接し、同人と石原との間に予めなされていた話合に基づいて金額二十二万円被控訴人振出、受取人控訴金庫の約束手形一通に被控訴人名義を冒用もて記名押印し、同様に被控訴人名義の取引約定書に押印し、控訴金庫所定の担保差入証の差入人欄に被控訴人の印章を押したこと、右被控訴人の定期預金等を担保とする手形貸付の手続をするに当り、豊田支店長は、金子から被控訴人の委任状を徴するとか、被控訴人に対して代理人選任の意思を確認するとかの手段はとらなかつたこと、

以上のとおり認めることができる。

控訴人は、訴外金子辰雄又は訴外石原勢五郎が被控訴人を代理して本件約束手形を振り出す権限がある、仮りにそうではないとしても、右訴外人等に代理権があると信ずべき正当な事由があると主張するけれども、前段認定の事実および被控訴人の供述によると、被控訴人は右訴外人等に対し、本件手形を振出す代理権を授与したこともないし、又不動産を購入するについて代理権を与えたこともないことが認められるから、控訴人の右主張は何れも採用することができない。

次に、被控訴人名義で控訴金庫に差入れられた取引約定書および担保品差入証に被控訴人の印影として顕出されている各印影は、被控訴人自ら本件各預金契約に際し、控訴金庫に届出た各印影と同一印影であること、並びに控訴人主張の如き免責約款が預金契約の一内容とされていることは当事者間に争いがなく、証拠並びに弁論の全趣旨に徴すると、控訴金庫では、控訴人が預金に際して届出た右印影と、前記金子辰雄が持参した被控訴人の印章とを照合の上、その同一なことを確かめた上で、金子から取引約定書、担保品差入証、本件各預金の証書と約束手形を受取り、本件各預金を担保とした右約束手形による被控訴人に対する貸付金として二十二万円を金子に交付したこと、尤も右金員は被控訴人には渡らないで、石原勢五郎が入手して費消したことが認められる。控訴人は、前記免責約款に基づき、右の如くにして控訴金庫が被控訴人振出名義の約束手形の所持人となつた以上、控訴金庫としてはこれを以て、本件各預金と有効に相殺し得るものであると主張する。しかしながら、前記免責約款は、広く銀行等の金融機関において一般に行なわているこの種の約款と同様のものと認められ、その趣旨は、預金通帳又は預金証書と預金に際して金融機関に届出でた印章とを持参して預金払戻の請求がなされた場合、金融機関において右請求者に預金受領の権限があるものと認めて払戻を行なつたときは、これを有効な弁済と認めるというだけに止まり進んで預金に関係したすべての取引に関して適用されるものではなく、冒頭認定の如く、被控訴人の記名も押印も被控訴人自身またはその授権を受けた者によつてなされたものではなく偽造に外ならない手形であつても、それに被控訴人の印影として押されている印影が、さきに被控訴人が預金に際して控訴金庫に届出でた印影と同一であることが確認されたというだけのことで、その手形が有効のものとなり、控訴金庫が被控訴人に対して該手形上の権利を取得し、これを自働債権とする相殺を以て被控訴人に対する預金債務を免れ得るものであるとの趣旨までをも含むものとは解されず、また他に右のように認めるべき証拠もない。してみると、控訴人主張の免責約款を以て冒頭の認定を左右することはできない。

以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は正当である。

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